幸村に額を噛まれた。
茶色い髪が目の前に垂れる。それが自分の頬骨にさわるのを、こそばいな、と目をつむ
った。後ろから佐助の頭を抱いたまま、幸村は半分眠ったようなやわらかさで、佐助にも
たれている。あったかいなあ、と思いながら、扇風機の風を受ける。
幸村は酔うと佐助を手許に置きたがった。
「なんなの旦那」
どうしたの、と横に行くと、ふふんと満足したように鼻を鳴らす。みんなと飲んでいる
時でも、何故か幸村は、佐助が自分の横に来ると自慢げな顔をした。
それが何となく楽しくて、佐助もまた鼻を鳴らす。
「旦那、もう寝るの?」
手を伸ばして、幸村の髪をさわる。クーラーの中でも、幸村の肌はじんわりと熱い。手
のひらで頭を撫ぜる。耳の裏を探してひっかくと、幸村はぐずるように首をすくめて、佐
助の手から逃げた。
「おばかさん」
テレビの映画はもう終わりかけで、カーテンの向こうでは静かに夜蝉が鳴いている。グ
ラスの氷を口に含んで、おばかさん、と佐助は幸村を撫ぜる。
幸村が鼻先で佐助の髪を掻き分ける。そのまましばらくじっとしていたが、また思い出
したように佐助の額に歯を立てた。
別に痛いくもないし、と放っておいたのがよくなかったのかもしれない。幸村はどうも
元々噛み癖があったらしく、飲み会の席でも手持ち無沙汰になると、なんとなく、とでも
いうように佐助の肩や首の後ろを噛んでくる。ふらっと顔を寄せて来て、気付いた時には
歯を立てられている。
「ちょっと旦那」
払いのけようとするとあからさまに不機嫌な顔になる。
「しっかりしてよ、もう」
言うと、生意気だ、と幸村は目を細める。
その顔が妙に酷薄に見えて、佐助は一瞬虚を突かれる。
「生意気ってなにそれ――」
言った口を塞がれた。わあ、と思う間もなく、首筋に歯を立てられる。がぶりと音がす
るほど、思いがけない強さで噛みつかれて、佐助は、痛い、と驚いた。
「おお」
「噛んだ噛んだ」
「真田が噛んだぞー」
「ばかだな猿飛おまえばか」
周りが騒ぐ中で、佐助は一人驚いていた。
ちょっと――痛かった。
自分が噛んだ痕を、舌でなめる。
佐助が呆然と首筋を押さえている横で、幸村だけが、満足そうにふふんと鼻を鳴らした。
佐助の頭を抱いたまま、幸村が佐助の肩に下りてくる。
「……水」
掠れた声に、少し笑った。
伸ばされた手の先にコップを持たせながら、佐助は幸村の頭を撫ぜる。
くすぐったい、と肩の上で幸村が笑う。
[bite]
20070819設置 20070917再掲
「二人の距離が近い…かつてないほどに…」という感想をいただいた作品(笑)