「だからなんで!」
なんでなの、という叫びに、幸村は、知らん、とソファに寝転んだ。
「何でなの!」
佐助は一度叫び出すとうるさい。
「何であんた野球したことないのよー!」
この都会者め、と幸村は横になったまま、バナナ牛乳の細いストローを噛んだ。
何が何でも勝つんだ、わかってんだろうな、負けたらしばく、だからおまえキャッチャー
やれ、と二人連れの悪人に、佐助は脅された。正確には、捕まって、引きずられて、連
れて行かれた自販機の裏で脅された。
「おまえできるよなァ?」
黒髪の方の眼帯が、ふふっといやな感じで笑った。
「この器用貧乏め」
耳許でささやいて、逃げたら殺す、と目を細めた。
「じゃ、金曜4時な」
白い方が、取り出したペンで佐助の手にでかでかと敵せんめつと書いた。
「できたっ」
笑顔で言って、佐助の頭を掴む。ひっと固まった佐助に、悪人は、勝てばいいんだ、勝
てば、と低く吹き込んだ。
「な?」
その笑顔に、佐助は青ざめた。
プリンを買わねば。おいしいプリン。
ふらふらと辿り着いた先で、佐助はまた聞き慣れた声を耳にする。
「さすけええええ」
帰りし食パン買って行こう。思った瞬間、突き飛ばされた。本人はいつも、すがりつい
ただけだと言う。そんなわけあるか、と佐助は購買で吹っ飛んだ。
そんでなんなの、と相変わらず佐助はぶちぶち言っている。
「何なの、ほんとあの眼帯兄弟何なの。不良? 大学生なのに不良? いじめっこ?」
幸村は部室のソファをぎしぎしと揺らした。先月佐助と虫干しして以来、幸村はこのソ
ファが気に入りだ。こたつとはまた違う風情がある。この前こっそり丸まって喜んでいた
ら、佐助が氷のような目で、そんなに好きなら自分の買えば、イズミヤで5000円であ
ったよ、そんなゴミじゃなくて、と血も涙もないことを言った。
「だってゴミじゃん」
幸村はそれ以来、自分がこのソファを守ってやるのだと心に決めた。
「そんで野球?」
床に座り込んだまま、佐助が幸村を見た。
「相手どこだって?」
幸村はころりと佐助の方に向き直った。
「スポーツ方法論専攻、島津ゼミ選抜チーム一同」
「ありえねー!」
また佐助は悲鳴を上げた。
「そんなん軍じゃん軍だよ、チームじゃねー!」
勝てるわけあるかああ、と埃だらけの床でのたうつのを、幸村は、佐助は割合打たれ弱
い、とカルビーの袋を開けた。関西しょうゆ味はおいしい。
「おおお……」
きちんとレジュメ化された敵軍のメンバー表を見て、佐助はポテトチップスを持ったま
ま動きを止めた。
「さすがキングメーカーお濃様……」
へえ、と幸村はソファから首を伸ばす。宙に浮いたままの手から、関西しょうゆ味の匂
いを嗅ぐ。たこやきソース味より、こっちの方がおいしい。ぱくんと食べると、佐助はこ
っちも見ずにやめてよと言う。
「ちょっと旦那、自分で食べてよ」
そう言うくせに、幸村がソファから手を伸ばすと邪魔だと言う。結局ちょっとずつもら
えることになった。ぱりぱり食べていると無心になる。
「そんで野球?」
佐助が幸村の背中を枕にする。
わざわざ反り返るようにして、幸村の顔の前で試合要綱をひらひらさせるので、幸村は
さっきからその話をしているではないかと少し怒る。
「そうだよねーえ。負けたらおれ様たちまたあの眼帯にいじめられちゃうもんねーえ」
うああ、と頭をぐりぐりする。幸村は、ちょっと気持ちいい、とうつ伏せのまま目を細
めた。佐助も何となく気持ちよかったらしく、そのまましばらくぐりぐりしていた。
「向こうの九人……。織田様濃様、万能カップル……。お市、長政……あっ、蘭丸がいる」
「ちなみに大学選抜の豊臣、徳川、本多、強化指定の竹中もいる」
「ちょう有名人じゃん!」
「その点ではあの二人もなかなからしいぞ」
「知ってるよ!」
佐助は、うー、といじめられた猫のような声を出した。
おれ、だんな、眼帯(白)、眼帯(黒)と傷だらけのホワイトボードに書き出しながら、
佐助は幸村にルールの説明をしている。
「おれが捕手。んで旦那がピッチャー。投げる人ね」
「うむ」
「そんで敵がバッターするの。ここんとこ。ホームベースの横ね。バッターボックス」
ルールどころか、名前から始めた。幸村は世の中に阪神と巨人があることは知っていて
も、ストライクゾーンが存在することは知らなかった。
「……何で野球したことないの?」
聞くと幸村は、ばかもの、と言う。
「そんなに人数のいる遊びができるのは都会だけだ」
佐助は、そうなんだ、と納得した。してやった。
「そんで残りのメンバーなんですが……」
「まず明智」
幸村が指を折る。
佐助はその指を見、ゆっくりと息を吸うと、
「……なんで明智なんだ――!!」
魂切れんばかりに絶叫した。
[GAME]
20070709 初出 200700819 再掲
「トッキュー!」を読んだら野球がしたくなりました。
マル。