土壁と柱の隙間から、明るい外が見える。柏の木の下に、芙蓉が咲いている。きれいな
色だなあ、と佐助は思う。暗がりから見る夏は、美しい。
 狂気のようだ。
 
 梅雨の間は見えなかった。土壁が水を吸って膨れるからだ。柱も壁もぴったりとひとつ
に納まる。塞がれたようだった。
 雨が土壁の表を流れてゆく、その音だけが聞こえた。

 捕らえられたのが晩春で、山に入ると乾いた藤の花が音もなく散っていたのを覚えてい
る。桐の花も終わった。藤も枯れる。あとは杉が青い葉を伸ばして、山を暗くする。そし
て雨が降る。
 雨の降っているのは見なかった。
 音だけ聞いていた。

 捕まってすぐに腹を裂かれた。
 子供時分から使い回された忍は、着物を剥いでみればわかる。
 おうおう、と検分の男は声を上げた。
「おまえも存分に使い回されて生き延びたくちか」
 佐助の右の腹、肋の下の傷を触りながら、自分も諸肌を脱いで見せた。
 おれもじゃ、と男の太い肋の下に、同じ傷がある。
 佐助の傷は、まだ薄い血を漏らしていた。
「腹くら、検めさせてもらうぞ」
 括られたまま、声は上げなかった。ただ、歯の割れる音がした。

 腹に小さな貝を入れるのだ。小さな二枚貝。
 中に伝書なり何なりを入れて、膏で固める。それにまた膏薬を塗りたくって、子忍の腹
に入れる。膏薬の効果で傷はぼんやりと痛みもせず、塞がりもしない。それにさらしで蓋
をして、走らせる。あまり腹に貝を喰わせたまま使うと、子忍は傷む。それでも、帰って
くる子忍は、また走る。帰らねば、どこかで腹を腐らせて死んでいる。

 腹を開けられた傷は、膿まなかった。
 いい忍だ、と男が唇を歪めた。
「よく使われている」
 知ってる、と佐助は頭だけで思った。息が野良のけもののように震えていた。
 貝に塗り込められているのは、本当は薬でも、主大事の秘密でもない。人の血を忍にす
るための毒だ。それを腹に仕込んで、子忍は走る。右の肋の下、肝の裏まで毒の染むか、
泥の血を吐いて死ぬか。佐助は、走り抜けた。
 その腹を裂かれて苦しくないはずがない。
 それでも土の床に転がされたまま、雨の季節になっても、佐助の傷は膿まなかった。よ
く仕込んである、と男は熱で腫れた佐助の体を眺めた。
 涙が流れている。

 腹が塞がる頃、夏になった。
 少しずつ壁が乾き、柱との間に隙間が開いた。外が見える。
 佐助はそこから外を覗いた。柱に額を寄せる。柿の葉陰に、青い実が光る。眠たい、眠
たい、と腹を押さえたまま、佐助は薄い土の壁に囚われて、そこにいる。
眠っている間は夢も見ず、起きている間だけ、目を開けて外を見た。
目が覚める度に外は明るく、次々と違う花が咲き、散り、きれいだな、と思って、また
眠った。

 夏の盛りに戦が来る。
 いつだってそうだ。戦は、火のように来る。
 戦の火が何を照らそうとしているのか、佐助はよく知らない。ただ、荒野を丈の低い火
がちろちろと舐めてゆく、その光景には、血が騒ぐ。
 消えない火。
 花々の滅びてゆくのを、佐助は暗がりから見ている。




いくさまで、

夏気分、とか言いながらぐろくてすいません
20070619


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