「だから!」
 思ったより大きな声が出た。
「だから何で公園で取っ組み合いのけんかすんの!?」
 むかついた。むかついたどころか、頭にきた。だめだ、と思ったら、やっぱりむかついた。
「け、けんかではござらん……」
「はあ!?」
「けんっ……」
「口答えすんの!?」
「し、しない」
 眉を下げたその顔が、何だか心底情けなさそうで、佐助は犬でも怒っているような気が
した。昔近所にいたな、こんな犬。門の向こうから、うれしそうに佐助を呼んだ子犬を思
い出す。気がついたら随分大きくなっていて、しっぽを振って飛び掛ってくる度に、下敷
きになった。いつまでも子犬のつもりでいたのだろう。かわいかったけれども、痛かった。
 しつけは大事だ。
「けんかじゃないならなんなのよ」
 そんなほっぺた赤くして、と頬を突く。
「佐助、い、痛い」
「ほら痛いんじゃん!」
「それはボールが」
「だから何でボール!? そもそも何で痕つくほどめり込むんだよ、顔に!」
 ずー、とジュースを吸い上げる音がする。ぺこん、とパックのへこむ音までつけて、で
かい男が、おれおれ、と言った。
「それおれだよー」
 おれおれ、と手を上げる。
「幸村が野球の練習するって言うからさー、キャッチボールしてたんだよねー」
 したら当たった、と平然と言う。幸村も平然と、当たった、と言う。
「……よく無事だったね」
「うむ。びっくりした」
「……あっそ」
 ふつう死ぬ。突っ込む気も失せた。
「ていうかキャッチボールって素手で?」
「大丈夫! ちゃんとミット使ってたよ!」
 ぱふぱふ、と両手にはめたものを動かす。
「風来坊、あんたそれつけてやってたの」
「かわいいっしょ!」
 ぱっふぱふー。
 心など一ミリも動かない。佐助は氷の眼差しで慶次を見た。
「……それミトンて言うんだけど」
 低くなった声にも気付かないのか、慶次がうれしそうに、それ! と声を上げた。
「それそれ! 鍋つかみ!」
「鍋つかみ!?」
 幸村がすっとんきょうな声を上げた。
「慶次殿、これはグローブではないのか!?」
「えー、違うよー。まつねえちゃんの台所から借りてきちゃった」
「まことか!」
「旦那、騙されてるんだよ」
「まことか!」
「ちょうまことです」
 ぶー、と慶次が唇を尖らせた。
「いーじゃん別にー。ピンクのミトンかわいくないっ?」
「……意味わかんない」
 でかいくせにすることがかわいい。ぴょこんとしゃがみ込む。ぱくぱくっとミトンが動
く。幸村も横にしゃがんで真似をする。
「旦那やめなさい。バカになる」
「佐助ひどーい!」
「黙れニート」
「ニートじゃないもん!」
「じゃあ学校来いよバカ」
 幸村はしゃがんだまま、両手をぱくぱくさせている。
「旦那?」
 ひょっとしてミトンを見たのは初めてだったのだろうか、と佐助は思う。
 よく考えれば、農協にミトン型鍋つかみなどという、都会的なアイテムがあったとは思
えない。鍋敷きも鍋つかみも、全部新聞と軍手で済ましていたのだろうか。
 農協はなかなかあなどれない。佐助もいい加減学んだ。ものすごい。あるべきものも、
そうでないものも、ことごとくない。農協の情報統制は、完璧だ。
 おかげで、幸村はヤンジャンもヤンマガも知らなかった。ふつうなら死んでも手に入れ
ようとするはずなのに。男子高校生なら、何をおいてもグラビアが見たい。すごく見たい。
 でも農協に、ミトンやグラビアなどという軟弱なものがあるはずがない。
 なんということだ。
 佐助は同情した。
「旦那、それ気に入ったの?」
「少し」
 うん、と頷くのが、何となく健気に見えた。
「今度イズミヤでいいのを探して、実家に送ろうと思う。きっと重宝される」
 冬だしな、と言うのを聞いて、佐助は目頭を熱くした。
「旦那っ……」
 今日帰りにイズミヤに寄ろうと思った。豚を買って牛を買って、鶏とあじとさばとかま
すを買って、隠しておいたビールを飲みながら豪華な晩飯をしようと思った。米もこっそ
り古米を混ぜるのをやめにして新米にする。新米にする。
「おれさま感動――」
 ちゅっ、と慶次が佐助の口にミトンを押し付けた。
 何、と聞く前に、慶次が満面の笑みでミトンを動かす。
 佐助はその動きをじっと見た。
 うばっ、ちゃっ、たっ!
 じっと見た。
「生茶パンダ! なつかしくねっ?」

 ――ぶちぎれた。




[kill]

20071212設置
20080127再掲

きれいなおねえさんは好きですが!?


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