この男は水のように酒を飲む。空になった杯の底に、ちらちらと夜明けの色が光ってい
る。それを見ながら、慶次は床に倒れた。
「おれもう立てないよー」
「左様か」
 慶次を足先で蹴りつけて、幸村は平然と立ち上がる。
「ならば寝ておられるがよい。それがし朝餉を食うて参ります」
「あさげ!」
 うそだあ、と床を叩くと、手を踏まれた。
「やかましい」
 そのまま指を潰すように、やわらかく体重が掛かる。
「動けぬほど飲ませて差し上げた方がよろしかったか」
 なあ、とそんなことをやさしそうな、酷薄そうな声で言うものだから、慶次は突っ伏し
たまま、いやいやと首を振った。髪の先が床を打つ。それがおもしろかったのか、幸村の
手が慶次の髪を掴む。時折、この男は人を人とも思わぬようなことをする。
 髪の中に幸村の指が忍び入る。
 なでられるのかなあ、と目を細めた瞬間、元結を引き抜かれた。
 ばらばらと髪の落ちる間から、茶色い目が笑っていた。




「あらたま」

20071011
見通しの甘い慶次


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