釘付けになった。
(左の者二名、校規に反する行為につき訓告)
 がらがらの掲示板の端、その名前、知っている。
(長曾我部元親)
 その名前、知っている。
(他一名)
 まさか、とケイタイを取り出した。まさか、まさか、と思った瞬間、イルミネーション
が光る。
「――旦那っ?」
 焦った声が悔やまれる。今となっては。
「そこ動くなよ」
 笑いのない声がそれだけ言って、切れた。
 え、ええ、とその場に立ち尽くして、佐助はガラス越しにその紙を読んだ。
(左の者二名、校規に反する行為につき訓告)
(長曾我部元親)
(他一名)
 他一名って――誰。
 ガラスに映った自分の顔は、妙に幼くて、中学ん時よくこういう顔してたな、と思った
ら、頭に血が上って、消えてしまいたくなった。
 最悪だ。

「おう」
 逃げる気もしなくて、レジュメ棚の裏にしゃがんでいた。
「立てよ、猿飛」
 挨拶もしないで、ブーツの先がジーンズを蹴る。
「……蹴んないでよ」
 俯いたまま、払いのける。
「……んだよ」
 機嫌悪ィのかよ。
 そう言って横に立つ。
 そういうところばかり聡い。
 嫌いだ、この男。
「これ、他一名って、元親さんと、誰」
「おれじゃねえよ」
「知ってる」
「へえ」
「だってあんただったら名前並んでるでしょ」
「まず載らねえよ。みつかるようなヘマなんざしねえ」
 あっそう、と答える声がいやだ。リノリウムの床に当たって、膝の中で反響する。
「元親さん、誰かばったの」
 棚の向こうを学生が通る。いやだ、と思って小さくなった。
「真田じゃねえよ」
 ブーツが壁を蹴ってこつこつと音を立てる。
 立てよ、ともう一度言って、男が舌打ちをした。
「部長が来んだよ」
 めんどくせえ、と顔を歪める。
 この男の、神経質なところが嫌いだ。
 自分と似てる。
「……おれ様、あんたと歩くのいやなんですけど」
 言うと、男はわざわざ振り返って、死ね、と言った。
「あんた先死ね」
 言いながら、あ、やっぱ左から振り向くんだ、と思った自分がいやだった。
 最悪だ。

 ドアの向こうの空気は、重かった。
「――何してんの」
 幸村がソファに正座している。
「佐助」
 その前に元親がやはり正座していて、佐助は、何だこれは、と中を覗いたまま、二の足
を踏んだ。狭苦しい。
「何してんの旦那」
 幸村は、常になく神妙な顔をしていて、床に座った元親を見詰めている。
「元親殿」
「――はい」
 あのでかい男が頭を垂れてうなだれている。
「いい加減に罪を告白しなされ」
 犬に説教されている悪人。
 幸村に問い詰められて言わないとは、長曾我部も案外しぶとい。正対すると、割に不気
味なのだ、幸村のあの目は。
「……あの人何したの」
 聞くと、伊達が笑った。
「おまえ女とやってるとこ捕まったんだよなあ、元親」
 なあ、と言う頃にはソファで幸村が真っ赤になっていて、あっ、と思った時には、叫び
出していた。
「元親殿それは破廉恥でござるうううう!!」
 巨乳だったらしいぜ、と伊達が言うので、幸村は、きゃー、と声を上げて顔を覆った。
「ふしだらでござる――!!」
 いや、それはふしだらっていうか、と額を押さえる。
「みっかんなよ……」
「ていうか真田、おまえ割とえろいこと好きだよな」
 余計なことを。
 幸村は真顔で、えろいこと、と繰り返し、真っ赤になって俯いた。
 鼻血だ。
「あーあー。悪いんだけど元親さんトイレットペーパー取ってきてくんない?」
「お、おう」
 しっかりしろよ幸村、と言いながら、足元はふらついている。どんだけ座らしてたんだ、
と呆れて、伊達を睨む。
「ちょっとあんたいい加減にしてよ。ていうかほんっと一回死んでくんないかなあ」
「バーカ、鼻血くらいで死ぬかよ」
「あんただよっ!」
「はあー?」
 その言い方がむかついたので、脛を蹴ってやった。片目が吊り上がる。
「……ってえな、やる気かてめえ」
「上等なんだけど! おれ様あんたちょう嫌い!」
「の野郎!」
「知るかボケっ!」
 ガッチーン、と物のぶつかる音がした。
 モロにチョーパンが決まって、やっべ真っ暗、と思って相手の髪を掴んだ。
 その手を伊達が掴んだのが見えて、うわキッモ、と最後まで思う前に暗くなった。
 最悪だ。

 背中が痛い。
「……あの、痛いんですけど」
 廊下に倒れたまま呻くと、靴底がさらに深く食い込んだ。
「痛かろうな」
「……やめてくださいませんか」
「我に向かってよくもそんな口が利けたものだな、猿飛」
「……すんません痛いです、すんません」
「ならばさっさと立つがよい」
 見苦しい、と言い終わる前に、伊達が蹴られた。
「ふおっ」
 息が詰まったらしい。あれ苦しいよね、とでこを押さえて立ち上がる。相手が伊達なら、
腹を蹴られていても全然かわいそうじゃない。
「ってえええ」
 久々で効いたらしい。右のでこが痛い。
「なんなの、あの石頭……」
 確かめるように押さえると、中に血の感触がする。これたぶん青くなんな、と思って、
またむかついた。あんなやつに。
「あ、元親さん……」
 一部始終を見ていたらしい。トイレットペーパーを抱えたまま、青い顔をしている。
「おまえら一体何してんだよ……?」
「――貴様」
 毛利の目が光る。
「――元親殿!」
 幸村の、逃げてくだされ、は間に合わなかった。
「この長曾我部ェェェエエエッ!!」
 毛利の上段蹴りがきれいに決まって、廊下を巨体が吹っ飛んだ。
 トイレットペーパーがリボンのように舞う。
「元親殿――っ!!」
 幸村の悲鳴がサークル棟に響き渡る。
 長曾我部の体が床に落ちる音がして、思った。
(手加減とかしてよ……)
 人が集まってくる。
 最悪だ。

「帰れ」
 部室のドアが閉まった。
 外に放り出されて、思わず沈黙する。
「元親殿、ご無事で……」
 幸村が手を合わせていたのが、印象に残った。
「と、とりあえず、帰ろっか」
 幸村が神妙な顔で頷く。
「せっかく助かった命は大切にせねばなるまい」
 んだそりゃ、と互いにメンチを切る。この男の横に立っているのもいやだ。
 それを見て幸村が気の毒そうな顔をした。
「佐助、おまえ、明日からは眼帯だぞ」
 指差されたガラスに映った顔は、見事に右目を腫らしていた。
「政宗殿とおそろいだな」
「あー?」
 愕然とした。
「やだっ、そんなのおれ様かっこ悪すぎる……!」
「んだとてめえっ」
 うるさいっ、とガラスを震わせて毛利が怒鳴る。
 階段を飛び降りながら、佐助は絶叫した。

「最悪だ――っ!!」




[PAIR]

20070917 初出
20071011 再掲
きょーうはさいこーうのきぶんだー!!!


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