ぎゃあああ、と幸村が泣き声を上げて飛び込んできた。
「――なんなの!」
ほとんど頭突きだった。購買でプリンの値引きを待っていた佐助は、ひどい怖い気持ち
悪いと泣き叫ぶ幸村を連れて、よろよろと購買を出ると、呻いた。
「いいってええ」
しゃがみ込む。
幸村はやられたああ、と叫びながらケイタイを突き出している。
「いや、大丈夫かくらいは言おうよ旦那……」
「それどころではないのだ、おろかもの!」
なにそれ、と佐助は肋を押さえた。
去年、飲み会で、何を思ったのかいきなり突進してきた幸村に弾き飛ばされて、肋骨を
折ったのだ。当人はその後仲間の自転車に轢かれていたが、平気そうだった。轢いた方も、
おい、轢けたぜ、おお、まさかマジで轢けるとは思わなかった、やったー、轢いたー、や
ったったー、とか言い合っていて、佐助は痛みと酔いで、仲間にリアルな殺意を抱いた。
部長など平然と帰った。
「俺様割と痛いんだけど……」
「こらえろ!」
このバカ、と佐助は友人を呪った。
信州出身だと言う友人は、入学から一週間で見る影もなく痩せ衰えていった。
「どしたの!」
聞くと、農協がないのでどこで食べ物を買えばいいのかわからず、毎日実家から持って
きたりんごと酒で生き延びていたのだと言う。
「――バカ!?」
だって農協がない、と泣き顔になるのを、生協のプリンで救ってやったのは佐助だ。
その無二の親友に対して、何なのだこの仕打ちは。
「あやまれバカユキ」
「ばかではない」
妙に胸を張るのがむかつく。
蹴ろうとした瞬間――、幸村の携帯が鳴った。
ぎゃああああ、という悲鳴が、どこから出ているのか、一瞬佐助は判断がつきかねた。
「――なに?」
少なくとも一つは幸村だ。
だがしかし、
「――携帯?」
幸村の携帯が鳴っているのだ。ビカビカと光りながら、震えている。
「着メロ!?」
持っているのもいやらしく、幸村は赤い携帯を佐助に投げつけた。
「泣くのだ! 携帯が泣くのだ!」
うわああ、と泣き出す。
あんたいくつなのよ、と佐助は携帯を投げ返した。
「だから気を付けなさいって言ったでしょー」
ベンチに座って、幸村の携帯を操作する。佐助の物とはメーカーが違うので、やりにく
い。佐助はしばらく前に出たバータイプのものを持っている。中身なんかほとんどない。
空っぽの携帯だ。
「あの人たちは人格が悪いの。根性がババなの。わかる?」
こくこくと幸村は頷く。
「うんこだ」
いや、うんこはどうかと思うけど、と佐助は控えめに言った。
「何で携帯なんか渡しちゃうかなあ。むちゃくちゃされるに決まってるじゃん」
「しないと言った」
「よく信じたね、それ」
おれ無理だー、と佐助は着信メロディの設定を呼び出した。
「あれ、着メロ普通だね」
出てきた設定は初期設定のままだった。
「おかしいな、てっきり着メロ変えられたんだと思ったんだけど」
幸村は真っ青な顔をしている。
「心霊現象……?」
「いやいや」
ベンチの上に足を組む。ストラップにはスヌーピーがついている。USJへ行ってきた!
と言って押し付けられたものだ。無理矢理装着された上に、写メールを待ち受けにされて
いた。かわいそうだなあ、と思いながら、佐助はやっぱりプリンを食べていた。
「えー、何だろ……」
「こ、こわっ。こわっ」
うるさい、と佐助は背を向けた。
結局、スケジュールだった。
ものすごい数が設定されていた上に、なぜかシークレット機能までかけられていて、幸
村の携帯は、解除する間にもきゃあだのああだのと叫び続けた。
「あのめばちこが……」
佐助はサークルの先輩を憎んだ。
あの二人は幸村をいじって遊ぶのが気に入っているらしかった。この前も夜中に幸村の
家まで行って、窓の外から一晩中ipodで呪怨だのリングだののセリフを再生し続けて、
幸村を恐怖に陥れた。ネタばらしされた後もしばらく家に帰れなかったほどだ。
意味がわからない。
「あんたほんといいおもちゃだよね」
やっぱ人間農協だけで育つとこんななんのかなあ、とため息をつく。もしそうだとした
ら、むしろ農協がすごい。
幸村は携帯の呪いが解けたと知ると、無邪気によろこんだ。りんごをやる、と言うが、
それよりかそばをくれ、と思った。
腹が減った。
幸村が豚肉を食べたい、と言うので、イズミヤに寄って帰った。あんま豚肉食べたいっ
ていうやつ聞いたことないな、と思いながら佐助の家に向かう。
佐助のアパートが見える。
自転車置き場まで来て、佐助は固まった。
佐助の部屋のベランダが、きれいだ。
赤だの黒だのの細々したものが揺れている。
「あ……」
言葉を失う。
「どうした」
さすけ、と遅れてやってきた幸村が、目線を追いかけて、硬直した。
ベランダ一面に下着が干してある。
――女物の。
血の気が上がったのか下がったのか、わからなかったが、目の前が真っ白になった。
「――あ、あ、あんにゃろう」
震えながら呻くと、幸村と目が合った。
幸村はベランダのTバックを見て、ひもパンを見て、佐助を見た。
そしてあまりにも澄み切った目で、はれんちでござる、呟いた。
そのまま、たら、と鼻血を出した友人を、佐助は呆然と見詰めた。
「――うそだろおお」
佐助は思わず泣きそうになった。
[play]
20070625 初出
20070709 再掲
「ギャハハ!」
あいつらほんとだいすき!