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いつも、冬は辛かった。
体が冷えていくのがわかる。青褪めて、指が爪が白くなる。腹の底から血肉が冷えてか
たくなる。ぬくい血を生むはずの骨が軋む。骨が割れそうなほど、痛かった。
皆こうなのだと思っていた。
仰向けになると、息が止まりそうになる。夜は薄いふとんを抱えて、壁にもたれて眠っ
た。痛い。あんまり痛くて、体がどこか壊れてるんじゃないかと思った。肉の下で骨が痛
む。悲鳴のように息をする。胸が動く度、涙が滲んだ。
つらい。痛い。
みんなこうなのだと思っていた。
だから皆冬は家にこもって、ぬくくなるのを待つのだと、そう思っていた。
いいなあ、と思った。
揃いのわら靴を、いいな、と思った。冬はみんなでふとんを並べて寝るのだと聞いて、
うらやましいと思った。皆でもちを食っているのを見た。子供が皆で何かへたくそな遊び
をしていて、失敗する度に、もう一度もう一度と親が笑って直してやる。
あ、ぶたれないんだ、と思った。
笑ってる。
小さい子供が赤い顔をして駆けて行く。
夕暮れ、ぽつんと留まった木の上で、佐助はそれを見ていた。
子供が駆ける。その先に、母親がいた。別に速くもきれいでもなかった。足音ばかりが
大きくて、不恰好だった。母親が、それを待つように屈む。
「おいで」
目を丸くした。
母の手が、我が子をぎゅっと抱きしめる。
「かわいい子」
思わず、鳥肌が立った。
ぎゅっと抱きしめる、その手に体を小さくする。
「かわいい子」
木の上で一人小さくなる。ぎゅうっと抱きしめる、その腕を見ていた。
「おかあさん」
ぬくそうな着物を着た手が、母の袖を握る。上気した頬が赤い。
わあ、と思った。そうか、と思った。
おれ、あんな風じゃない。
抱きつかれたら、怖いだろうなと思った。
犬猫のような色の髪をしていた。何でこんな色なのか、自分でもわからない。いつかち
ゃんと黒くなるかな、と思った。そんなわけがないのくらいわかっていたけれど、ぼんや
り、そう思った。
きり、と手甲の爪が木の皮を剥がす。
ちょっと夢を見ていた。冬になる度、声も出せないほど苦しむのを、いつか誰かがかわ
いそうだと気付いてくれるんじゃないかと、そう思って、夢を見た。
ろくに口も利けない。いいことなんて何も言えない。手も足も痩せていて、乾いた皮膚
に傷跡ばかりが目立った。かわいそうだって撫でてほしかったけれど、でもほんとうは、
人に触られるのも怖い。動けなくなる。
寒い。
早く戻らなければ、と遠く親子の姿を見送って、それでも佐助はその場から離れられな
かった。早く戻らなければ。遅れれば遅れただけ折檻を受ける。だから、戻らなければ。
日は暮れてゆく。
戻らなければ、と思う。
また水を浴びせられるかもしれない。ぶたれるのもいやだ。閉じ込められるのも、締め
出されるのもいやだ。腹いっぱいでなくていいから、いつもと同じように食べさせてほし
い。何でもするから、床の上で寝かせてほしい。
佐助は戻る。
腰元に括りつけた武器が音を立てる。手甲の指が分厚い木の皮を掻いた。拭ったはずの
血が装束の衿から匂う。冷え始めた体に、ぞっと痛みが這い回る。
痛い。つらい。怖い。さびしい。欲しい。さびしい。
だから、戻る。
何でもするから、これ以上ひどくしないで。何でもする何でもする。
畜生でも思わぬようなことを、この心は、簡単に思う。
椀に一杯の飯で、人には言えぬようなことをする。
してはいけないとわかっている。知られれば、誰からも嫌われる。いやがられる。悪い
ことだと、わかっていた。
でも、自分のためによそわれた飯は、うまかった。
「またするか」
頷く。
「やる」
心まで、惨めだと思った。
「おれ、前よりもうまくやるよ」
できるよ、と繰り返す、目の裏に、あの日見た家族の姿が過ぎる。
汚いな、と思った。
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