捕まった。
「ひ」
扉の前、鍵を出した瞬間、捕まった。
「てめえ、おまえ、間違いねえ」
この頭、と革手袋が頭蓋をしめる。
「政宗様ァ、どこだ」
きゅうう、と上等の革が鳴る。
「し、知らなあい」
「なんだと」
「おれさま知らないよーう」
「じゃあてめえん家じゃねえなら、政宗様はどこだ」
「知らないってばああ。いたーい、手ェ放してよー。いたーいー」
うわあん、と自分の家の前で泣かされかけて、佐助は久し振りにいじめられっこの気分
を思い出した。
おさななじみに奪われ続けたあまたのプリン。
あの乳とケツの七割は、永年の自分の犠牲と献身によるものだと佐助は確信している。
「てめえ何持ってんだ」
「ああっ」
右手のビニールを奪われて、佐助はむなしく足掻いた。
「返してえええ」
男はビニールの中身を眺めて、ため息をついた。
「またプリンかよ」
いい加減にしろ、と孫悟空よろしく頭をしめられて、佐助は泣き声を上げた。
ワンルームの部屋にやくざがいる。
「おまえ隠しちゃいねえだろうな」
ちっ、と舌打ちをされて、佐助はベッドの上で頭を振った。
「逃げ足の速い……」
「そもそもおれさまんところなんか来てないってば」
思わず眉が垂れる。
「じゃあ、一体どこに……」
「知らないよー」
「そうか……」
男は、額を押さえて呻く。
少し哀れになる。
「元親さんとことかは行ったの。慶次んとことか」
「行った」
男は呻く。
「毛利さんとこは」
「いない」
またため息が漏れる。
「片倉さん、疲れてるよね」
「……わかるか」
何が悲しくて、真冬にぼろいアパートの前で学生を待ち受けねばならぬのか。
「割と同情する」
そうか、とまたため息をつく。
「吸ってもいいよ」
ベッドを降りて、灰皿を出す。
「すまん」
眉間にしわを寄せたまま、頭を下げる。
「どうぞー」
台所の換気扇を回す。ふうっと煙が匂う。コーヒーでも淹れようかな、と思った。
「おまえは吸わないのか」
灰皿をひっくり返したらしい。
「うん。結構前にやめちゃった」
ふうん、と咥え煙草で灰皿を眺める。
「これ捻ったの誰だ」
おれさまー、と豆の缶を開けながら、背中で答える。
「信楽か」
「うん」
佐助は割合この男が好きだ。
「よくわかんね。それ中学くらいん時に近所のおっさんとこで勝手に焼いてやったやつ」
それで夏休みの美術の課題を済ませたのだ。裏には当時の出席番号が削ってある。
「ふてえ野郎だな」
傷のある頬を歪めて笑う。
「まあまあ、かわいい話っしょ」
ねえ、とコーヒーメーカーが音を立てる。流しの下を開けて、もらいもののクッキーの
缶を探す。ない。食われたな、と思った。
「やられたーあ」
煙の端を噛みながら、男が笑う。
そう言えば、と切り餅と砂糖醤油で酒を飲む。
「片倉さんてやくざじゃないよね」
ああ、と塩をつけたパンの耳をかじる。
「厳密には違う」
「あっそ」
ならいいや、と枕にもたれる。
「元親さんとこも慶次んとこも行ったんだ?」
「ああ」
繋いだコードごと携帯を手繰り寄せる。
「毛利さんとこはいないって言ったらいないしなー」
じゃがバターに箸を突き立てる。
「もしもしーい」
箸を咥えたまま、携帯を顎に挟む。
「旦那―、そっち黒いのいるー?」
はーい、と電話の声に返して、ちょいちょいと指で呼ぶ。
「みつけました」
「恩に着る」
傷だらけの携帯を宝物のように押し頂く。
息を吸うと、叫んだ。
「政宗様!」
はは、と佐助はプリンに手を伸ばす。
[SHIT]
20080127設置
伊達政宗逃亡