赤く焼けた炭を食う。
 喉が灼ける。舌が焦げる、歯が融ける。割れて砕けて、頬に溜まる。じい、と肉を焼く音が
して、くちびるが痛む。胃の腑が熱くなる。
 どく、と耳の内側で血の音がして、そういえば胃と心臓は近かったのだとぼんやりと思う。
なら、じき血が煮えて、肺が詰まる。
 なら、と夢の中で思った。
 ならもうひとつ。
 じゅうっと押さえつけられるような頭を持ち上げて、暗闇に見る。
 もうひとつ、と手を伸ばす。
 それは赤々と炎を放って、佐助の名を呼んだ。
「佐助」
 それで佐助は瞬いたまま夢の中で死んだ。



 目が覚めた。
 握った手を開いて、何も掴んでいないのを確かめて、震えが来た。
「う、え」
 吐き気がする。
 体を縮めたままえづく。そのまま床の上で吐いた。



 四日逃げ遂せた。
 五日目、逃げ回っていたら捕まった。
「……なんかご用?」
 追い詰められた屋敷の端でとぼけてみる。
 主は相当怒っているらしい。
「おまえ」
 問答無用で殴られた。柱にぶつかる。
「いっつー……」
「うるさい」
「いったいなー……」
「うるさい」
 またぶたれた。
「もう真っ昼間からなんなのよー……」
「うるさい」
 なら殴れば、と面倒になって屈み込んだのを、追うように手のひらが掴む。
「おまえ」
 きりきりと音がする。爪が食い込む。もがく気にもなれなくて、されるがままに起こされた。
わかる。主は怒っている。
「なにー……」
 逃げたくて目を逸らした。壁に張り付けにされて、いまさら逃げたくなった。
「ちょ離して」
 首を絞められた。左手が喉を押さえる。
「あ」
 苦しい。ひどい。
 切れ切れに思った。
「四日も」
 主の声は怒っている。
 喉輪に食い込む力がきつくなって、もうそんなのどうでもいいからと顔を歪めた。
 火が欲しい。
 戦はまだ遠いのか。



 物騒な忍だと思った。
 戦にならぬなら、佐助のような戦忍は役に立たぬ。用がない。炊事ができるわけでなし、畑
で汗するわけでなし、せいぜいが狩りにでもついてきて勢子でもするかというところだろう。
 それにしたって彼らにしてみれば、なぜわざわざ山の中を追うのかと疑問らしい。
「罠、仕掛けとけば?」
 佐助は狩りの楽しみがわからぬらしい。
 鴨撃ちにしても、網を張ればいいのにと首を傾げる。
「鉛ぶち込んだのよりおいしいよ」
 武家にとって狩行事は戦の演習だ。
 大将の軍配に隊が従って走る。獲物を得れば、それはそれぞれ殊勲の者に褒美に下される。
いつの狩り場での鹿革だとか、猪の大牙だとか、幸村も小さい時分にもらったうさぎの尾っぽ
を今でも大事に持っている。
「おれはいいや」
 言う割に、締めのみそ鍋の時には自分の椀を持って混じっている。
「……何をしにきた」
 佐助は悠々遠歩きにでも来たような格好で、猪肉を食っている。
「え、めし食いに」
 悪びれる風でもない。
 佐助には狩りから加わるという頭はさらさらないらしかった。
「もうちょいちょうだい、そこの脂身んとこ」
 厨番から持たされたという生姜や葱を背負ってやってきて、腹いっぱいめしを食って、幸村
と一緒に帰る。近頃では、佐助が狩り場に来ると、皆にもうめし時かと言われるようになった。
 幸村は少し恥ずかしい。
「へへっ」
 戦のない時の佐助は、そんな風にして暮らしている。
 けれども、時折ふうっと擦り寄ってくる。
 その時に幸村の耳許に囁く。
「ねえ、旦那」
 忍の目は、熱を孕んで濡れている。



 戦火と言う。
 もし海に生まれていたなら、漁り火だったと思う。畑に生まれていれば春の野火を愛しただ
ろう。町に生まれていたなら人家の火を愛しただろうし、仏門にいれば明王の火を愛しただろ
う。けれども佐助はぽつねんと戦場に生まれたので、他の火を知らなかった。
 戦火。
 汚くて濃い色の、その炎の中から、自分の気に入りの火を見つけるのは大変だった。
 赤くて透明な、明るいのがいい。
 いくつも選って、佐助は一番の気に入りを見つけた。
 戦場の、幸村がいい。
 水晶の玉にでも閉じ込めて、漆の箱にでも入れてやろうか。それで時々真っ暗なところで開
いてみせる。いいと思う。すごくきれいだと思う。
 だから早く戦の主が見たくて、佐助は飢えた。
 戦はまだか、戦は。
 主がのんびりと暮らしているのを見るのは、少し、いやだった。
 自分のために燃やしてくれればいいのに。
 不遜、とは思いながらも、佐助は火を求めた。
 白々と雪が積もる。
 炭など、いくら燃やしても楽しくない。
 薄物一枚でもまだ暑いような部屋の中で、佐助は床の端を見る。
 戦はまだか。



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ばさらの火、
20090208

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