近くで見るとわかる。
 忍は薄く顔に火傷の痕があった。
「ああ」
 あれは油を被りましたからね、と男は言う。
「燃えたんじゃないですか」
 そうか煽られたか、と菜切り包丁で青菜を切る。その手許を見ながら、幸村は黙り込んだ。
「……燃えるのか」
 一束切り終わった後に、幸村は言った。
「燃えるのか」
「燃えますよ」
 頬の汗を拭って、男はまな板を払う。
「見たことなかったでしたっけ」
 男は妙にきょとんとした顔をしていて、幸村は少し小さくなる。
「ーーない」
 ふうん、と包丁の背が板の角を叩く。
 男の声が、ないんか、と、ないよな、の間で曖昧に揺れて、ふうっと幸村に近付いた。
「あれーーいらないですか」
 妙に黒々とした目が、幸村の前で光る。
 ねえ、と見開いた目に震え、幸村は男を突き飛ばした。



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日照りの沼、
20080831

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