佐助は幸村の姿を真似るのが好きだ。
 最初は姿似の稽古でもしているのかと思った。
 幸村の知る限り、佐助は非常な稽古嫌いであったので、努めて同じ術ばかり稽古しているの
は、それはそれで熱心だな、と思わなくもなかったし、同時に、よほど難しい術なのか、と思
ったりもした。佐助は真田幸村の術などと適当な名前をつけていたけれども、それが並の者に
扱える程度ではないのは幸村にもわかっていた。
「佐助」
 さすがにそのままの姿で屋敷の外へ出ることはなかったが、互いに暇な日など、幸村に化け
た佐助が、屋敷の中をちょろちょろとしている。
 朝、縁側にいたかと思えば、昼には庭の端でだらだらと地べたに座り込んで仲間としゃべっ
ている。飯時分になれば廚でおこぼれをねだっているし、夕方になれば幸村の部屋に忍び込ん
で勝手にぬくまってまるくなっている。
「おまえは」
 外から戻って、かじかんだ手で障子を開けると、床にはふとんが伸べられていた。
 寒い。
 なのに部屋の中は炭がたかれ、鉄瓶からは湯気が上がっている。朝には閉じたままだった山
茶花の花が、赤に白に、てんでばらばらに開き切っている。
 耳の端が痛い。
「佐助」
 見慣れたふとんからは、ほどきっぱなしの髪が床に伸びている。
 幸村の髪は、己が思うよりもずいぶん長い。
「佐助」
 幸村の忍は眠っている。
 ふとんの中にもぐっているのは幸村の忍だった。
 横向けにまるくなって、耳とつむじだけ出している。
 それでも、ふうふうと犬ころのような寝息が聞こえるのだから、幸村はつくづくずいぶん悠
長な生き物を飼ったものだと思う。主の前で張り切って尾を振るならともかく、ここぞとばか
りに寝こけているとはどうしたことだ。
 まったく、と枕辺にかがみ込む。
 何が面倒くさいのか、佐助は幸村に化けている時でも髪をくくろうとしない。似せるなら、
と言うと、どうせ戦になればほどけてしまうのだから、と言い訳をする。挙げ句幸村の髪を切
りたがるのだから、本末転倒だ。
 けれども本当は知っている。
 佐助は幸村の髪が好きなのだ。
 自分と同じ色のつむじに触る。眠っていた頭はあたたかかった。
「佐助」
 最初は術の稽古かと思った。けれどもだんだんわかってきた。
 これは単純に、幸村の姿を真似るのが好きなのだ。
「佐助」
 ぐずるように小さくなる。それを手のひらで追って、乱暴に撫ぜる。
 佐助の化けたのは、髪も肌も、本物よりも手触りがいい。さらさらと指の間を滑る。それが
不思議で、幸村は佐助の生え際を触る。
「ーーやめてくんない」
 ふとんの中から手が伸びる。
「目が覚めちゃう」
 幸村の手首を掴む。
「なにかご用?」
 ころんとこちらを向いた顔は、眠そうな己の顔だった。



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ねずみをながく、

20090105


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